郡上魚籠

郡上魚籠 六寸

岐阜県中部の長良川沿いにある郡上八幡は、郡上踊りで有名な地だけど、釣り師であれば鮎やアマゴを最初に思い浮かべるかもしれない。

郡上釣りと呼ばれるこの土地の釣りは、この土地特有の本流釣りのことだ。鮎はかなり前から抜き釣りを行っていたらしいし、アマゴは谷ではなく、餌の豊富な本流を狙う。そんな郡上では、郡上竿、郡上たも、そして郡上魚籠と呼ばれる道具が作られていた。この郡上魚籠の特徴は、逆三角形となった魚籠の底から、魚を逆ピラミッド型に積んでいく事で魚の傷みを極力抑える様に考えられている。

また、魚籠と身体の間にある板は、体温が魚籠に伝わらない様にするもので、保冷が出来なかった昔の知恵だ。その根底にあるのは、遊びの釣りではなく、釣りで生計を立てていた職漁師の必要から生まれた技と道具なのだろう。

そうした郡上魚籠だけど、僕の手元にあるのは20年ほど前に釣り仲間と郡上八幡を訪れた際に、当時は最後の郡上魚籠職人と言われた嶋工房で買い求めたものだ。(残念な事に嶋氏は数年前に亡くなられたそうだ。)

訪れた当時の嶋氏は、とてもお元気で、職人のような気難しさを感じさせる事がない。とても、気さくな方であり、工房でお茶を頂きながら色々お話を伺った思い出がある。この魚籠作りは冬の仕事で、夏場は藤細工を趣味で作られていた様だ。嶋氏曰く、作って面白いのは断然藤細工だそうで、理由は自分の好きな作品が作れるという事らしい。

そんな嶋氏の藤細工も、後年、再び郡上八幡を訪れた時に買い求めた。その藤細工はワイン置き。伝統的な文化財である嶋氏が、こんなモダンな物を作るというのも面白いものだ。

郡上魚籠 六寸 逆三角形の形とあて板は、魚の傷みを極力抑える為の工夫である

郡上魚籠 六寸

郡上魚籠 六寸 買った後に柿渋で竹の防腐処理をした。なかなか味のある色になったと思う。

今では、この魚籠を使う事は無いし、例え魚を持ってくる釣りがあったとしても、郡上魚籠は使う事はないだろう。貴重だという事はさておき、この魚籠は量を入れないと真価を発揮しないからだ。職漁師は8寸のサイズを使っていたそうだが、それより二回りほど小さい6寸の魚籠といえども、6寸から7寸のヤマメやアマゴを入れたとしても最低で50匹は入るだろう。

今は全て流れに魚を帰しているし、例えキープすることがあっても、このような魚籠は必要がない。だからと言って、この魚籠を手放す事も恐らくないと思う。若い頃に訪れた郡上八幡、そして嶋さんの思い出の品だからね。

嶋氏の藤細工 ワイン置きとして作ったそうだ

嶋氏の藤細工 立てると花器としても使える

郡上八幡 嶋数男氏 初めて訪れた工房で郡上魚籠作りをみせて頂いた