八重山諸島の西に位置する西表島は、海ではGTなどのキャスティングゲーム。あるいは、深場のジギングなど、大物釣りで有望な場所である。それと同時に、日本最大級のマングローブを有する多くの川は、大物が狙えないわけではないけれど、ピンポイントでルアーをキャストする繊細な釣りも楽しめる。過去、リーフでルアーを振っていた僕も、そんなマングローブで一度竿を振ってみたいと思っていた。
マングローブとは、河口から汽水域の塩性湿地に生育する森林の事だ。海水もしくは、汽水の含まれる塩分に耐えうる、また、砂や泥など柔らかい土地で自立出来る仕組みを持った種で構成されている。この為、ヤエヤマヒルギの様な典型的な支柱根は、多くの人が想像するであろう、その特異な光景を見せてくれるのだ。西表島では、ヤエヤマヒルギ、オヒルギ、メヒルギが優勢種で、川によってはオヒルギが優勢であったり、ヤエヤマヒルギが優勢であったりする。勿論、同じ川でも流域によって、生えている木々が違うことも多い。
マングローブの釣りは、タイミングがかなり釣果に左右される様で、満潮時は川一杯に水が広がり、マングローブ林の中も水浸しとなる。今回は入川がほぼ満潮時刻であり、マングローブ林は水面に葉が見えるのみであった。河口近くの岩場から釣りを開始するも、反応はきわめて悪い。また、水位が高いため、表層では厳しい様だ。それでも開始1時間くらい経った時、シンキングミノーであるRAPALA CD7に喰ってきた待望の1匹目は、中型のマングローブジャック(ゴマフエダイ)であった。
レッドデビルの異名も持つ肉食性の魚で、トラウトの歯など可愛く思えるほど、鋭く太い歯を持つ。ファイトも抜群でジャンプなどはしないものの、ヒット後、支柱根並ぶストラクチャーへ一気に走って行く。この為、ある程度のパワーに耐えられるロッドとラインは必須であるし、ストラクチャーへ入り込まれない事を意識した釣りが必要だ。反面、小型ポッパーなどを、ピンポイントキャストする繊細さも持ち合わせており、釣りの楽しさでは最上級の一つだと感じる。
午前中は非常に水位が高く、魚の反応も単発でしか無かった。丁度、昼となり、ガイドであるマリンボックスの米澤氏が、「そろそろ昼食時間ですが、どうしますか?」と聞いてくれたのだが、釣れていない釣り師は竿を振りたがるものだ。返事に窮していると、「釣れない時間に食べちゃいましょう」と的確なアドバイス。マングローブ林に船を横付けし、ランチタイム。
やがて、徐々に岸が姿を現した頃、シンキングミノーでは沈みすぎる水位となった。今回御一緒した中部から来られた方は、小型ポッパーに切り替えたようだ。僕自身はTOPの釣りは、殆ど経験がなく、暫し、彼の釣り方を見て参考にさせて頂いた。見よう見まねで小型ポッパーを操作してみても、何となくぎこちない。それでも、何度も操作しているうちに、喰わせのポーズを入れたりと、それなりに様になってきたようだ。
その頃からTOPでの反応が出始め、水位が下がるにつれ、こんな浅い場所で!と思う場所で魚がアタックしてくる。米澤氏曰く、「水位が高い時の方が釣れる様に思う人も多いのですが、マングローブの釣りは引いたときが勝負です」と説明してくれる。何でも、魚の体高分の水位があれば、十分、釣りになるそうだ。
普段、アメマスなど深場を狙った釣りをしていると、こんな釣りは教えて貰わないと判らないものだ。キャストレンジもせいぜい10mと、浅場且つショートレンジの釣りは、ルアーめがけて走ってくる魚が見える。TOPの釣りは、喰ってくる瞬間が見える楽しさにあると思うけど、マングローブのTOPゲームはその近さ故、例え、魚が小さくても非常にエキサイティングである。
南西諸島には、二種類のチヌが居るそうだ。ナンヨウチヌとミナミクロダイ。北海道在住故、海で釣れるチヌは現物を見たことがないけれど、写真でみるそれと、釣れるチヌは非常に似ていると感じた。ナンヨウチヌは図鑑によれば、かなりの希少種のようで数多く群れている今回のチヌは、恐らくミナミクロダイであろう。この二種の見分け方もぱっと見では判別が難しいそうだ。
水位が下がるにつれ、遠浅のポイントを中心に川を移動しながら、キャストを繰り返す。そんな撤収近くに浅場で動かしていたポッパーに、水面が割れ、バイトしてきたのが、下の写真に写っているマングローブジャックである。トロフィサイズとまではいかないけれど、今日の釣りで一番の良型であった。この日の釣りは、圧倒的な優勢種であるチヌのアタックは、フッキングミスを連発していた。結果的に、一番数多く釣れたのが、マングローブジャックという事になるのだが、この1匹だけはTOPで捕った価値ある1匹になったと思う。
マングローブジャックは、体色は赤い褐色をしている。殆どの個体がそうなのだが、日差しの強い西表島では、光の加減で同じ個体も色が違って写ってしまう。それがこの文の前後の写真である。滅多に無い事だが、この1匹だけは記念にガイドの米澤氏に撮影して頂いた物を掲載している。典型的な中年親父であるけれど、魚が立派に写っている事に免じて、ご容赦願いたい。
この日の潮回りは中潮で、西表島では満潮が9:55で177cm、干潮が16:31の36cm。1m以上ある干満の差は、帰還時、座礁するのではないかと思えるほど、川の水深が浅くなっていた。今回アタックしたのは、白浜集落近くのナカラ川で、陸路からのアタックは難しい。河口付近は白浜集落の建物も見えるけど、少し上流へ上れば、日本とは思えない独特の雰囲気が味わえる。もっとも、カヤックのツアーも行われているので、川を独占というわけには行かないのだが、それを除けば、釣り人だけの世界を味わえる。
西表島は沖縄とは思えないほど、多くの川が流れており、多くの場合、マングローブが発達している。その上流には、サガリバナが開花している季節でもあった。塩気を嫌うサガリバナは、上流に向かうにつれ、カカオのような甘い香りを放っているので、それとなく判るものだ。もっとも、開花は夜間行われ、日が昇ると落花させてしまう為、観察は早朝に限るのだ。
そんな自然の残る西表島のマングローブは、本当に魅力的な場所だ。気候も北海道とは全く違うけど、自然が好きな釣り人や旅人であれば、その魅力に取り憑かれてしまうのだ。また、西表を訪れて、そして、釣ってみたい場所の一つとなった。